石灯篭の歴史

石灯篭は日本の庭園や寺社に欠かせない存在であり、その美しさと趣は多くの人々に愛されています。
今回は、灯篭の起源や歴史的な変遷について探り、その魅力の根底にある物語に迫ってみたいと思います。
灯篭の背後にある文化や歴史を知ることで、さらに深い楽しみ方ができるのではないでしょうか。

灯篭の起源

灯籠はもともと献灯用として仏教の伝来とともに奈良時代(710-794年)に渡来したと言われています。
インドなどでは灯篭の文化は発達しておらず、灯篭の形式は中国、朝鮮で生まれ日本に伝わり独自の発展をとげたとされています。
伝来した仏教では仏前に献灯することが重要な儀式の一つでした。その後、神殿にも用いられ、灯りとりだけでなく神仏の荘厳さを醸し出す役割を担ってきました。
現存する日本最古の石灯篭は奈良県にある当麻寺(たいまでら)の石灯篭で、奈良時代前期のものになっています。

初めは建物の中央に一基だけ建てられていたようですが、安土桃山時代(1568-1600年)の初め頃から一対で立つようになったようです。
信仰心が武家や庶民に広まるとともに、灯篭の寄進も少しずつ増え、現在のような多くの石灯篭が参道に立ち並んでいる風景ができました。

茶道の発展による石灯篭の変化

石灯篭が社寺における仏、神への献灯を目的としたものから、庭園用の景物として使われるようになったのは茶道が発展する安土桃山時代(1568-1600年)からです。
庭園の照明と、眺めの良さを求めて石灯篭が置かれるようになりました。
茶道には静かで穏やかな雰囲気が必要であり、石灯籠はその重要な役割を果たしました。
このため石灯篭の様式は多様化し、一脚の竿が原則であった社寺用の灯篭が、四本脚や三本脚の雪見灯篭や、脚が湾曲した蘭渓型など、独創的なデザインの灯篭へと変化していきました。

<雪見灯篭>

<蘭渓型灯篭>

脚だけでなく、勧修寺型のように笠が大きくなったり、火袋のデザインも多様化しました。

<勧修寺型灯篭>

初めて灯篭を庭に取り入れたのは千利休だと言われています。
その後、庶民の庭にも広く普及して、京都の小さな町家の庭にも立ちましたが、近年は町家の減少と共に減っています。
しかし和への憧れは無くなっておらず、今でも新しく家を建てる方や、外国の方から灯篭を購入したいと問い合わせをいただいています。

石灯篭は、長い歴史の中で多くの文化的役割を担ってきました。そのデザインや様式は時代とともに進化し、今では日本の伝統文化を象徴するアイテムのひとつとして、国内外で愛されています。
石灯篭に込められた歴史や文化の深さを知ることで、庭や空間を新たな視点で見ることができるのではないでしょうか。

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